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ラビリンス
ラビリンス
作者: 空蝉ゆあん

第一話 出会い

last update 最終更新日: 2025-10-15 09:26:21

私はこの国が好きだ。宮殿の中からその光景を見つめながら、そう思った。空からは三日月が顔を出し、黒い海を照らしている。現実離れした空間の中に沢山の想いが隠れている。私は瞼を閉じ、自然の音に耳を傾けながら、全ての感覚を楽しみ続けた。

2つの視線が同じ光景を見続けている。それは運命が引き起こす小さな物語だったのかもしれない。ミハエルは白い制服に身を包み、敵国の中に隠れている。2つの国は手を取り合い、彼らの想いを組んでいく。裏で動いている共鳴に気付く事なく、真っ直ぐと見つめている。

その先にいる私に言葉を投げかけるようにーー

第一話 出会い

バタバタと走る私は父から呼び出されて、周囲の瞳にどんなふうに見られているかを忘れてドアを突き破っていく。怒号にも似た音はその場にいた人達の興味を攫い、思った以上に目立つ結果となっていく。

「ラビリンス……お客人が来ているのだぞ? あれほど落ち着けと……」

私を呼ぶ父はいつもよりも緊張感を纏っている。いつもの父ならここまで怒る事はないのだが、今日に限っては違っていた。客人が来ていると言った父の顔色は真っ青になっている。もしかしてとんでもないタイミングで激突してしまったのかもしれない。

父は普段とは違い余所行きの服に着替えていた。小さな国と言っても一刻の王である。この国は西洋と呼ばれている文化が発達している。私達の中でその名称は全ての歴史を繋ぎ、未来を作る光の名称ーー貴族達は自分の存在価値を示すように、自分の立ち位置と作法を熟知していた。そんな周囲と比べると私は逆の方向性を突き進んでいる。最初は異国のサムライに憧れて剣を振り回したり、沢山の行動で父は頭を抱える結果となってきた。

私の父であり、国王でもあるゲリア・メルゲル。長い髪を一括りにしているがその風貌は力強さと優しさを併せ持っている。その父がここまで顔色を変えるなんて、相当の人物が来訪しているのだろう。ヒョコッと興味本位で父の後ろに姿を隠した来客に視線を注いでいくーー

私が揺れると反対方向に揺れる人物は「くくくっ」と笑いを堪えながら楽しんでいる様子。十回くらい繰り返している私達に気づいた父は、ため息を吐いた。

「ラリア王子……私の娘をからかうのは止めていただきたい」

「ああ。悪い、悪い。このお転婆姫が面白くて、つい」

王子と呼ばれる人は父の背中から顔を出し、私の前へと歩いてくる。その姿は周囲を圧倒させる美貌を持っている。呆気を取られた私の顔を見るたびに、笑いが堪えて仕方ないらしい。その様子をぼんやり見ていた私は、彼の笑い声に引き戻された。

どれだけ美男子でも、やっていい事と悪い事があるーー

本当は口にしてしまいたい。言いたい放題言ってすっきりしたい気持ちが膨れ上がっていく。それだけラリアは私にとって腹立つ相手だった。内心に抱えている感情が表情に浮き上がると、機嫌がよさそうに私の前に跪くと、宙ぶらりんな右手に手を添え、キスを落とした。

ちゅっと手の甲に広がる甘い香りを受け入れる事が出来ない。私は初めての経験にフリーズしながら全てを手放していった。男性に対しての抗体を持たない私にとって、これは刺激が強すぎる。姉達はこういう空間に慣れているのだが、私には無理だった。

「ラビリンス!!」

遠くから父の叫び声が聞こえてくる。目の前で微笑むラリアの姿が歪んで見えるのだが、気のせいだろうか。揺れる脳を庇うように思考がシャットダウンしていくとパタリと倒れてしまった。

「ラビリンス、君には刺激が強すぎたのかな?」

「……やりすぎですよ、ラリア様」

「ん? 私は挨拶をしただけだ。何がやりすぎなのだ? ミハエル」

「貴方って人は」

ラリアはいつも以上の怪しさを纏いながらミハエルとの会話を楽しんでいる。その腕には私がすっぽりと守られるように彼に抱かれていた。苦しそうな表情を浮かべながら、ブツブツと何かを言っている事に気づいたラリアは、聞き取りやすいように私の口元に耳を忍ばせていく。

「……あり、え」

「ん?」

「だーかーら……」

「ほう」

「ありえない、あの王子、ありえない」

「……」

拒絶された事実を突きつけられると、作っていた表情が一気に崩れていく。彼にとって今まで出会った事のないタイプのお転婆姫に興味を惹かれた瞬間だったーー

「面白い姫だな」

ゲリアが見ている事も忘れて、いつもの彼へと変化していく。その姿は王子と呼ぶには程遠い。美しい顔から溢れたのは悪魔の微笑みだった。彼の背中しか見ていないゲリアは気付く事なく、ラビリンスを受け止めた姿に逞しさを覚えた。彼になら娘を預ける事が出来ると確信を得る事が出来たのだから。

口調が変わっているラリアに忠告をするように咳を一つ出していくミハエルがいる。二人の間で決められている暗号はすぐにラリアに伝わると、何事もなかったように元の表情へと切り替えていった。くるりと振り向くとゲリアに救護室の場所を聞き、ラビリンスを運んでいく。

どんな事があっても側から離れる事のないミハエルをその場へ留まらせ、城の内部を観察するきっかけを掴めた事に安堵していた。ふと見下ろすと子供のように眠りこくるラビリンスの姿が視界に満ちていく。今まで感じた事のない感情と噂通りの姿に笑みが溢れてしまう。

「眠り姫みたいだなーー今だけは」

起きている時と眠っている時のギャップは天と地の差。自分の立場を目的に近づいてくる女性は沢山存在した。しかしラビリンスは彼女達とは違う生物。日常に飽きていたラリアはこの出会いを心の中で噛み締めながら、歩いていく。

風が悪戯をするーーふんわり香るのははちみつの匂いだった。

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